夏は夜
夏は夜。
紺碧のキャンバスに映える花火は言葉にできないほど美しく、遠く響く爆発音に私の心臓も震える。
そういえば、空をゆっくり見上げたのは久しぶりな気がする。日常のせわしなさに追われて、ここ数ヶ月、そんな余裕もなかった。慣れないことばかりで、憶えることも多くて、来る日も来る日も、自分を追い込んで、落ち込んで、ヘトヘトになって、うつむきながら帰ってた。
正直、今日も出歩く気分じゃなかった。わざわざ着飾って人混みに出ていくのは億劫だったけど、大学の親友が私を引きずり出してくれた。
「最近どう?」
「もう毎日大変」
冗長でとりとめのない私の話を、彼女はただ親身に聞いてくれた。
「がんばってるね」
ひときわ大きな花火が上がったが、私の目にはぼやけて見えた。明日の空はどんな色をしてるだろう?
秋は夕暮れ
秋は夕暮れ。
沈みゆく夕日が空を朱に染める。家に帰ったら本を読もうと思っていたけど、気づいたら窓の外をずっと眺めていた。しかたないよね、今日は夕日がきれいだから。
「読書の秋」という。毎年のように「今年は読むぞ!」と意気込んで、抱えきれないほどの本を買ってきては、結局ほとんど積ん読に終わる。私の秋の恒例行事です。今年だって、小説はすぐに読み終わったのに、勉強のために買った本は部屋の隅にうず高く積まれたまま。
雁の群の飛んでゆく影を眺めながら、陽が沈むのを見届けた。そろそろ晩ごはんの準備をしなきゃ。
明日の自分は読書してるのかな?それとも、また何か上手に言い訳してるのかな?それはきっと明日の気分次第。がんばって本を読んでる自分も、空の色に感動できる自分も、どっちの自分も好き。
冬はつとめて
冬はつとめて。
葉を落とした街路樹の間から覗く灰色の空が、侘びしくも美しい。なにより、澄みきった空気が凛と張りつめた感じが、私はたまらなく好き。
でも寒いものは寒いので、いつものカフェに向かう途も少し足早になる。ときおり、建物のあいだから差し込む陽の光がやさしくてうれしい。私と同じように、コートの襟を押さえながら足早に歩く人を見ると、なんだか微笑ましい。そうだよね、みんな寒いよね。
テイクアウトのコーヒーを注文すると、バリスタさんが話しかけてくれた。
「今日は寒いですね」
「ね、寒いですね」
「ホットコーヒーがいっそう美味しくなりますね」
「ほんとに」
そんなやり取りをしながら、コーヒーを淹れてくれた。
「ありがとうございます。良い一日を」
「あなたも。お気をつけて」
こんな小さな会話でも、心の体温が上がる。風はまだ冷たい。温かいコーヒーカップを片手に、カフェを後にした。
冬はつとめて。冷たくも温かく、引き締まるようで包まれるような、素敵な一日のはじまり。